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The Road To 2057

田村の今がわかるスタイリッシュ&エネルギッシュBLOG

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無節操で雑多…それが東京の魅力だと思っています(^o^)

第26回 平成29年(2017年)1月15日(日)【小正月】

(昨日の続き)原宿駅の改良工事について、東洋経済オンラインのこんな記事をみつけました。東京在住のフランス人ジャーナリストの方の文章です。

 

toyokeizai.net

 

 外国人による日本や東京の論評には、私のような日本人にはない新鮮な視点があり、考えるヒントを与えてくださるので好きです。また、こうして日本や東京のことを真剣に憂い、直言してくださるのは、ホントにありがたいことだと思っています。

 

 ただ、この方の意見を読んで、ちょっと首を傾げざるを得ない点がいくつかありました。

 

 まずは一つ、揚げ足取りを(^_^;) 3ページ目に「分別がなく、聞く耳を持たず、不作法なJR東日本の重役たちは、現在の建物を退屈な「近代的」建物に変えようとしているのだ」という記述があります。

 

 もし、JRの重役たちに取材した上での論評なら納得いくのですが、そうでなければ、いくら自分の意向に合致しない(と思われる)方向だからといって、決め付けるような言い方は、あまり上品な論評とはいえないのでは?と思ってしまいました。

 

 私がネットで調べた限りでは、昨年6月の改良工事計画発表以降、JRはだんまりを決め込んでいる感じで、どういう決定がなされているのか、全く発表していませんので、「分別がなく、聞く耳を持たず、不作法」かどうかもわからない状態です。

 

 JRがその後の経過についてはっきりとしたリリースを出さないのがいけないのかもしれませんが、今の段階でこのような論評をするのは、はなから日本のエスタブリッシュメント層は無教養で頑固で後進的だ、という色眼鏡で見ているのではないか、という気が、ちょっとしてしまいました。

 

 それはさておき、この方が指摘している、東京が巨大なコンクリートジャングルで埋め尽くされる、という懸念はさほど心配しなくてはいいのではないかと思います。

 

 確かに、この方の指摘する政治と癒着した日本の建設業界のあり方については、別に議論する必要があると思います。それに、汐留の再開発も、近代的なビルがニョキニョキと建っているだけで、臨海地区ということを考えると、もう少し親水公園のようなものを造っても良かったのにな、と個人的には思います。

 

 でも、少なくとも私が知る限り、新宿のゴールデン街も、アメ横も、コンクリートジャングル化するような再開発計画は聞いたことがありません。昔ながらの商店街である、谷中銀座も、戸越銀座も、砂町銀座も、この先何年も残っていくでしょう。

 

 そういう意味では、東京というのは全くまとまりのない街なんです。巨大なコンクリートジャングルがあるかと思えば、下町の長屋風住宅も残っている。23区内でも例えば浅草、六本木、渋谷、自由が丘では、街の雰囲気は全然違うものです。

 

 だから、東京がコンクリートジャングルで埋め尽くされ魅力を失っていく、という指摘は的を射ていないのではないか、と思っています。

 

 それと、冒頭でこの方が書かれているように、ヨーロッパに比べると、東京には古い建物を残そう!という気概は全く感じられません。

 

 たとえば、江戸時代に興味がある外国人が東京にいらして、江戸を感じるところに連れて行って欲しい、と言われたら、みなさんはどこに案内されますか?ないでしょう?

 

 東京に現存する明治維新以前の建物といえば、ほとんどがお寺や神社などの宗教的施設です。それどころか、明治時代の建造物さえも、日本橋や日本銀行本店などが点在しているのみ。街全体として、古い町並みを保存しよう、というコンセプトはありません。

 

 だから、首都圏なら埼玉の川越や千葉の佐原といった街を案内するか、どうしても都内、というなら、両国の江戸東京博物館に連れて行くしかありません。

 

 川越や佐原は、江戸時代の町並みを保存するというコンセプトがあり、すばらしい景観を保っている街です。でも、それらはあくまでも「小江戸」であって、「本当の江戸」である東京には、もやは江戸を感じさせるものは、ほとんど残っていないんです。

 

 日本、特に東京では、なぜ古い建物を残そうとしないのか?それは、日本人の精神性にあるのではないかと考えました。

 

 日本人の精神性を表す言葉の一つに「無常感」というのがあります。

 

 日本は、世界の中でも四季の移り変わりがビジュアルとしてはっきり表れる国です。また、海から山から空からと、あらゆる災害が年がら年中起こっている国です。

 

 そんな国に住んでいたら、「未来永劫に続いていくものなんて何もない!」という思想が生まれるのは当然。

 

 実際東京でも、大火があったり、大地震があったり、また人為的な災害ですが空襲があったりして、多くの古い建物が失われています。

 

 そんな国情を考えると、古いものを残しておいても仕方ない、という発想が生まれるのはやむを得ない、と思うんです。

 

 あと、日本人は意外と新しモノ好き、という気もしています。

 

 たとえば、新年を迎えるにあたり、洋服や食器を新しいものに替える、という方は結構多いのではないでしょうか?新築の家を建てたら、家具や電気製品を一新する、という方も多いと思います。

 

 日本固有の伝統的宗教である神道には、「式年遷宮」という習慣があります。

 

 これは、神社の本殿を定期的に建て替えて、新しいものにする、という儀式です。

 

 式年遷宮の意図ははっきりわかっていないそうですが、少なくとも神道には、新しいものに価値を置く、という考え方があるのは間違いありません。

 

 たとえば、家の中に祀るお札も、毎年神社で新しいものを受けますし、神棚も数年ごとに新しくするのが良い、とされています。古い仏像を大事にする仏教との大きな違いです。

 

 また、式年遷宮は、結果として林業の需要を生み、建築や運搬に関わる大きな雇用を生み、宮大工の技術の継承が図られるようになっています。

 

 そう考えると、東京が古い町並みを残そうとしないのは、都市ぐるみで「式年遷宮」を行っているのであり、そうやって、人心の一新を図り、最新の建築技術を蓄積し、建設に関わる雇用を生んでいるのではないか、という気がしてきたのです。

 

 フランス人ジャーナリストの方の文章で、結局日本の利点としてあげているのは、「大和心」や「人々の思いやり」、ゴールデン街での「お客さんとママが培ってきた関係」といった、人と人との精神性、ソフトパワーであり、「古い建物」だとは書いていません(というより、東京には古い建物は多くない、と書いています)。

 

 つまり、東京の魅力は建物や町並みのハードウエアより、そこに暮らしたり、働いたり、いろいろな活動をしている人たち自身にこそあり、たとえ建物や町並みが新しいものに変わっていっても、東京の人たちが作り出す魅力はいつまでも褪せることはないと思うんです。

 

 東京は、欧米の各都市や奈良や京都、横浜に比べ、街づくりのコンセプトがない、と言われます。

 

 でも、東京は、いろんな個性を持った地域が無節操に広がっていった、アメーバのような都市であり、古いものと新しいものが混在し、世界中のいろいろな食べ物が食べられ、ありとあらゆる専門店があり、いろいろな遊べるスポットがあって、商業と産業と文化と風俗が雑多に入り乱れた、ラーメンで言ったら「全部のせ」みたいな都市で、それが魅力だと思うんです。

 

 つまり、東京は街づくりのコンセプトがないのではなく、「コンセプトがないのが最大のコンセプト」という逆説が成り立ってしまう街なのではないか、と思っています(*^_^*)

 

 最後に、同じ東洋経済オンラインの記事で、原宿駅の改良工事について、こんな記事を見つけましたので、ご紹介します。写真家の米屋こうじさんという方の文章ですが、感情的ではなく、内容やデータが具体的で、これなら、やっぱり原宿駅の現駅舎は残したほうがいい!と感じさせる文章です(結局、お前の意見はどっちなんだよ!っていうツッコミは無しでおねがいします(^_^;))。

toyokeizai.net