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The Road To 2057

田村の今がわかるスタイリッシュ&エネルギッシュBLOG

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今日で巨人軍発足82周年!

第6回 平成28年(2016年)12月26日(月)

 先週のブログで、学士会館脇に建つ「日本野球発祥の地」のモニュメントをご紹介しました。今日のブログでは、千葉県習志野市にある、「読売巨人軍発祥の地」のモニュメントをご紹介したいと思います。

 

 実は、今日12月26日は、プロ野球の読売ジャイアンツが発足して82周年の日なんです。

 

 「82周年? 中途半端だな〜」と思われた方、実は2年前の旧ブログで、80周年を迎えた日にその地に行ってきてブログに書いていました。今日のブログは、その記事のリバイバルです(言い換えると、焼き直しです。ホントは今年も行って写真を撮って来ようかと思ったのですが、多分変わってないだろう、という勝手な自己判断により、流用です(^_^;))

 

 まず、ジャイアンツはどういう経緯でできたのか、ということを書きたいと思います。昭和6年(1931年)、読売新聞社の主催で、アメリカのメジャーリーグ(プロ野球)の選抜チームが来日し、各地で日本チームと対戦します。

 

 しかし、この時まだ日本にはプロ野球リーグはできていませんでしたので、東京六大学を中心とした学生選抜チームが相手でした(当時の日本では、東京六大学がもっともレベルの高い野球リーグでした)。

 

 日本の学生チームも健闘したものの、結果は17試合やって、メジャーリーグチームが17勝0敗でした。しかし、本場の野球が間近に見られるとあって、各地の球場は連日超満員だったそうです。

 

 でも、興行的に成功しすぎたためか、文部省は「野球統制令」なるものを作って、学生がプロのチームと対戦することを禁止してしまいました。

 

 読売新聞社は、昭和9年(1934年)11月にも伝説の大打者・ベーブ・ルースを含むメジャーリーグ選抜チームを来日させますが、日本側は「野球統制令」によって学生チームを組むことはできません。

 

 そこで、読売新聞社社長の正力松太郎は、同年6月9日に、東京・丸の内の日本工業倶楽部で職業野球団設立発起人会を開催、六大学野球の選手を中心に、次々とプロ契約を結びます。

 

 そして、来日するメジャーリーグチームを迎え討つべく、10月15日に30名の選手が千葉県習志野市の谷津球場(現存せず)に集まり、チームが結成されました。結果は、日本選抜チームの15戦全敗でしたが、前回に引き続き、興行的には大成功し、12月26日、日本選抜チームを基にジャイアンツの前身となる株式会社大日本東京野球倶楽部が発足するのです。

 

▼京成電鉄の谷津駅から徒歩10分くらい、谷津公園の中に「プロ野球発祥の地」の看板がありました!

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▼看板の後ろには、「読売巨人軍発祥の地」という立派な碑もありました。

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▼碑には、往年の名プレーヤーたちの手形がありました!

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▼世界のホームラン王、王貞治・元監督の手形とサインです!

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▼長嶋茂雄終身名誉監督と、原辰徳・前監督の手形とサインは上下に並んでいました。これはファン垂涎ものでしょう。

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▼プロ野球史上初の2000本安打を達成し、監督としても9年連続日本一という偉業を成し遂げた川上哲治さんの手形とサインも!

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▼歴代(といっても初代から11代までですが)の監督のサインもありました!

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▼余計なこととわかりつつも、長嶋監督と手の大きさを比べてみました^^ 心なしか、私の手の方が大きいような…。

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(写真は全て、2014年12月26日に撮影したものです)